「新嘗祭」という言葉を聞いたことがありますか?
新嘗祭は、「にいなめさい・しんじょうさい」と読み、一昔前までこの日は祭日で、日本人にとって非常に重要な日と認識されていました。しかし、戦後は「勤労感謝の日」と名を改められ、昨今は新嘗祭についてよく分からないという世代も増えてきているのです。
はたして新嘗祭とは何の日で、どのようなお祭りが行われるのでしょう。また、実はこの日まで新米を食べてはいけないという話もあるようですが、本当なのでしょうか。
秋田県大仙市に鎮座する伊豆山神社の三浦利規宮司に、新嘗祭について詳しく教えていただきました。
(編集者 山下)
山下:新嘗祭とは、どのようなお祭りなのか教えてください。
三浦宮司:新嘗祭とは、11月23日に宮中と全国の神社で行われる「収穫祭」のことです。起源は、稲作が始まった弥生時代にまで遡ると考えられており、日本書紀の神代や仁徳天皇の時代にも「新嘗」という言葉が出てくるほど歴史があります。
2月17日に豊穣を祈願するため行われる祈年祭(きねんさい、としごいのまつり)と、セットで考えられるお祭りです。
稲作と関係が深いお祭りなのですね。具体的にどのような祭儀が行われるのでしょうか。
宮中にある「神嘉殿(しんかでん)」の中に神座・御座を設けて、日が暮れた頃と明け方の頃との二度、天照大御神(アマテラスオオミカミ)と天神地祇(テンジンチギ:全ての神々)に神膳をお供えします。
この時、天皇陛下自らがその年の新穀で作られた食事をお供えし、自らも食事をともにされるのです。そして朝になるとお召し物を替えて再び神様にお食事をお供えし、ご奉仕なされます。
神様と食事をともにされるのは、天皇陛下だけができること。新穀で神様をもてなすと同時に、天皇陛下自らも新穀を食すことによって新たなる力を得、次の年の豊穣を約束する行事が新嘗祭なのです。
天皇陛下が神様と新穀の食事をともにする、重要な日なのですね。
ところで、10月に神嘗祭(かんなめさい)というお祭りがありましたが、神嘗祭と新嘗祭の違いは何ですか。
10月に伊勢神宮で行われる神嘗祭は、天皇陛下がその年に収穫された新穀を伊勢神宮の天照大御神に捧げて、五穀豊穣に感謝するお祭りです。当日、天皇陛下は賢所(かしこどころ)に新穀をお供えになるとともに、皇居の神嘉殿から伊勢神宮をご遙拝になられます。
つまり新嘗祭は、天皇陛下が皇居で神々を新穀でもてなすと同時に、食事をともにする儀式。一方神嘗祭は、天皇陛下が新穀を伊勢神宮の天照大御神にお捧げになる儀式という違いがあるのです。
新嘗祭の11月23日という日付には、どんな意味合いがありますか?
新嘗祭の日付が11月23日になったのは、明治6年のことです。
この年、日本は現在使われている太陽暦(新暦)を採用しました。それ以前の太陰太陽暦(旧暦)の時代には、11月の「2番目の卯の日」が新嘗祭の日と定められていました。
ということは、毎年日付が変わっていたということですね。
旧暦だと、今年※の11月2番目の卯の日は、12月25日となります。かなりズレがありますね。
※平成30年(2018年)
そうなりますね。新暦に変わった明治6年に、新暦・旧暦の差を考慮せずそのまま新暦11月の2番目の卯の日に新嘗祭を行ったのですが、それが11月23日だったのです。そして翌年以降そのまま11月23日が、新嘗祭の日となりました。
ところでなぜ、2番目の卯の日だったのですか?
2番目の卯の日は通称「中卯(なかう)」と言います。11月中卯と言うと、11月13~24日のどこかになります。つまり11月中旬頃を指すのです。旧暦の11月と言えば思い出されるのは「冬至」。
冬至は平均すると、旧暦の11月15日頃に当たります。この時期に新嘗祭があると考えると、様々な意味が見えてきますね。
いかがですか?
新嘗祭は、天皇陛下自ら新穀を食すことによって新たなる力を得る行事ですから、それには冬至の時期がピッタリということですね!
その通りです。さらに「卯の日」にこだわったのは何故でしょう。
陰陽五行説を用いて考えてみました。旧暦の時代は1月~12月までを、草木が生まれ→茂り→成熟していく過程に例えて、それぞれの月に十二支を当てはめていました。
1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
寅 | 卯 | 辰 | 巳 | 午 | 未 | 申 | 酉 | 戌 | 亥 | 子 | 丑 |
11月は、“増える”という意味を持つ「子」(し、ネズミ)の月と言われ、新しい生命が種子の中で萌えはじめる状態を表しています。古くは「孳」(し)(子を多く生む意)の字で表現しました。このことを踏まえると、
11月…子月/ 子:水の兄(陽)
日付…卯日/ 卯:木の弟(陰)
水と木は「水は木を生む」関係。子(陽)と卯(陰)は「男女和合」で、新しい誕生を意味する関係。また、水:冬、木:春と考えられるため、冬→春という季節の循環を表していると言えます。
様々な点で「子月卯日」というのは、理想的な日なのだと思います。
少し難しいですが、繁栄を表すとても縁起が良い日ということですね。
そういうことです。
ちなみに、この新嘗祭の日まで新米を食べてはいけないと考える方もいらっしゃるようです。山下さんはどう思いますか?
私もそう聞いたことがあります。ですが早い所では、9月には新米が市場に出回りますよね。かなり差があるのですが…。
今の時代、新嘗祭の日まで新米を食べないというのは現実的ではないと思います。
昔は稲刈り機がなく、手で刈り取るにはかなりの日数がかかりましたし、天日干しの日数も含めると、丸一ヶ月以上かかっていたはずです。
さらに稲穂から米粒を取らなければいけないわけで、稲刈りから俵に米を入れ終わるまで二ヶ月はかかっていたでしょう。となると、9月に刈り始めて11月頃までかかっていたと思います。
技術が発展したため、新米が食卓に並ぶ時期も早まってしまったのです。
なるほど。ただ、天皇陛下が新米をお召し上がりになられるのを待ってから、いただきたいという気持ちも分かりますし…そこは個人の考えに沿って良いのかもしれませんね。
最後に、日本人にとって新嘗祭とはどのようなお祭りだと思われますか?
新嘗祭とは、短くまとめると「その年の収穫の恵みを神様に感謝するお祭り」ですが、単に五穀豊穣に感謝するだけにとどまらず、種もみの選定や田んぼの土壌作りから収穫に至るまで、関わる多くの人たちの働きがあっての豊作なので、その労働にも感謝しつつ、神様の恵みに感謝するお祭りだと言えると思います。
加工された食べやすい食品ばかりを手に取りやすくなりましたが、本来の“生きた食材”の有り難さを忘れないようにしなければいけませんね。新嘗祭を機に、その有り難みを噛みしめたいと思います。
ありがとうございました。
プロフィール
三浦 利規 氏
秋田県 伊豆山神社 宮司
1954年秋田県生まれ。明治大学文学部史学地理学科卒業後、神職資格取得し伊豆山神社禰宜に奉職。1988年伊豆山神社宮司に就任し、現在は神社本庁評議員、秋田県神社庁協議員も務める。
神社の紹介や日本全国の神社を訪ねた記録を、blogなどのSNSで分かりやすく発信している。
伊豆山神社 ホームページ https://www.izu.or.jp/
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