枚岡神社
hiraoka jinja

枚岡神社 前編
~どんな神様、歴史があるの?参拝前にチェックしよう~

創始 皇紀前3年(紀元前657年)
御祭神 天児屋根命あめのこやねのみこと比売御神ひめみかみ経津主命ふつぬしのみこと武甕槌命たけみかづちのみこと
御神徳 厄除、交通安全、家内安全、合格祈願など

生駒山の麓に建つ東大阪市の枚岡神社は、創建2680年以上の歴史がある古社だ。春日大社のはじまりの地(元春日)と言われ、河内国一之宮としてこの地を守り続けてきた。はたしてどんな神様がおまつりされていて、長い歴史の中にはどんな出来事があったのか。神話に結びつく壮大な秘話が隠された枚岡神社の歴史に迫る。

枚岡神社の神様はどんな神様?

御祭神、天児屋根命とは

東大阪市、近鉄奈良線の枚岡駅を降りるとすぐ枚岡神社へと続く階段がある。階段を進んで歩くこと数分、そこは紛れもない聖域だった。

枚岡神社の鳥居

枚岡神社は今から2681年前に建てられた古社だと伝えられている。おまつりされている神様は「天児屋根命(アメノコヤネノミコト)」。初めて神事を執り行った"まつりごとの神様"だ。
天岩戸開きという有名な神話の中でアメノコヤネノミコトは、岩の中にお隠れになった天照大御神(アマテラスオオミカミ)をお出しするため、祝詞を奏上し、注連縄を張るなどの祭祀をおこなったのだ。
枚岡神社はそんな神事を司る神様、天児屋根命(アメノコヤネノミコト)を主祭神としておまつりする他、妃神の比売御神(ヒメミカミ)、経津主命(フツヌシノミコト)、武甕槌命(タケミカヅチノミコト)をおまつりしている。

天児屋根命ふくめ4柱をまつる本殿

天児屋根命の任務とは

天岩戸開きで活躍された天児屋根命(アメノコヤネノミコト)は、その後時代が下って天孫ニニギノミコトが天上の世界から地上に降臨された時、一緒に降臨された。その際アマテラスオオミカミから「天孫輔弼(てんそんほひつ)」という言葉を授けられたのだ。

天孫輔弼(てんそんほひつ)・・・天孫は天皇陛下のこと。輔弼は”よくお助けしなさい”という意味。

つまりアメノコヤネノミコトは「天皇をよくお助けする」という任務をもって地上に降臨されたのだ。

駅を出て階段を上ると見える注連柱の字に注目


「天孫輔弼」天皇をよくお助けしなさい


「神事宗源」神事を初めておこなった神様

ちなみにアメノコヤネノミコトの子孫にあたる中臣鎌足は、大化の改新の際、中大兄皇子(のちの天智天皇)をよくお助けしよく補佐した。その後も藤原氏(中臣氏の後の姓)は摂関政治をすすめ、天皇を補佐しお助けした歴史である。アメノコヤネノミコトが残した「天孫輔弼」の言葉は、子孫たちによって実践され続けたのだ。

奥ポイント

枚岡神社の歴史を紐解く

国土平定を祈願したのが始まり

枚岡神社の創始は皇紀前3年(紀元前657年)、つまり初代神武天皇が天皇に即位される3年前にできた神社だ。国土統一を目指し九州日向国から東征してきた神武天皇は、ちょうど現在の枚岡神社の背後にある生駒山を越えて大和国に入ろうと試みた。しかし長髄彦(ナガスネヒコ)という豪族に阻まれ戦争が起きてしまう。
※ナガスネヒコは、ニニギノミコトよりも早く天孫降臨したと伝わるニギハヤヒノミコトの親戚。ニギハヤヒノミコトは枚岡神社のすぐ近くに鎮座する石切劔箭神社の御祭神だ。

神武天皇は東に向かって戦い、対するナガスネヒコは西に向かって戦った。結果は神武天皇の敗北。その理由を神武天皇はこう振り返っている。

“わたしは太陽の神、天照大御神をご先祖に持つのに太陽が昇る東に向かって戦ったから負けたのだ。これからは太陽を背にして戦おう!”

この時、神武天皇の勅命により国土平定の願いを込めて創建されたのが枚岡神社なのだ。それから3年後、神武天皇は大和の地で国土統一をはたし天皇に即位されたのである。

枚岡神社 創建の地(枚岡神社 提供)

創祀の地は、現在地よりも山奥にある神津嶽(かみつだけ)の中。天孫輔弼の使命を持つアメノコヤネノミコトと妃神のヒメミカミをおまつりすることで、皇室の繁栄や国土平定を願ったのが枚岡神社の始まりとなる。

奥ポイント×2

枚岡神社が元春日と言われる理由

都と枚岡神社の位置関係

西暦650年、アメノコヤネノミコトの子孫となる平岡連等(ひらおかのむらじ)が枚岡神社を現在地に遷座。その理由は当時の難波宮の東(鬼門)を守護するためだったそう。

その後、都が奈良の平城京にうつると、藤原氏は都を守護するため氏神であるアメノコヤネノミコトとヒメミカミを枚岡神社から分祀。これが春日大社の始まりであるため、枚岡神社は「元春日」「はじまりの春日」と呼ばれているのだ。

枚岡駅を降りるとすぐ「元春日平岡大社」の石柱が建つ

さらに歴史を見てみると、長岡京の時代には大原野神社を、平安京の時代には吉田神社を創建。どちらも枚岡神社、春日大社と同じ4柱の神様をおまつりしており、創建には藤原氏が関わっている。
"天皇をよくお助けする"というアメノコヤネノミコトの任務が引き継がれてきたことが、神社を通して分かる。

春日大社と同じ神様をおまつりする枚岡神社(枚岡神社 提供)

参拝前にチェックしておきたい見所

布団の上に神様が?

枚岡神社で毎年10月14~15日に斎行される秋郷祭(しゅうごうさい)は、収穫に感謝をするお祭りだ。この日は全国的にも珍しい布団太鼓台が境内を練り歩く。布団の上に神様が乗っていると伝わるそう。

布団太鼓台(枚岡神社 提供)

布団太鼓台は大中小合わせて23台。布団太鼓台の祭礼としては日本一の規模で迫力があり、県外からも多くの人が訪れるそう。

枚岡神社の秋郷祭(枚岡神社 提供)

御神木のビャクシン

拝殿の奥にある御神木は柏槙(ビャクシン)と呼ばれるイブキ科の木。
本宮がある神津嶽には神武天皇お手植えのビャクシンの大木があり、その枝を切って挿し木したものと伝えられている。

枚岡神社の柏槙

昭和36年の台風の影響で損傷したため、地上3メートルを残し伐採され、現在は切株を保存している。

枚岡神社の梅林

枚岡神社と言えば「梅の名所」としても知られているが、2年前ウイルス感染が見つかり全500本程の梅の木が伐採されてしまった。大阪平野を見ながら花見を楽しむことができた梅林。あと1年程様子を見て植林を始める予定で、梅に限らず鎮守の森としての再生を目指しているそう。数十年後にはまた新しい景色がここに広がっているはずだ。

枚岡神社は「梅の名所」としても知られている

枚岡神社は「梅の名所」としても知られている

前編では枚岡神社の歴史背景や見どころを探ってみた。後編では全国的に注目されている枚岡神社の神事についてご紹介する。

基本情報

神社名

枚岡神社 ~Hiraoka Jinja~

住所

〒579-8033大阪府東大阪市出雲井町7番16号
7-16, Izumoicho, Higashiosaka-shi, Osaka, 579-8033, Japan

アクセス

近鉄奈良線「枚岡」駅から徒歩3分

HP

http://www.hiraoka-jinja.org/index.html

こんな方におすすめ

神話好き、自然好き、しめ縄好き、祭り好き

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