近江神宮
oumi jingu

SNSでフォローする

facebook
Twitter
LINE
Instagram

まんが古事記を読めばもっと、神社が面白くなる!

社長のウラ側インタビュー 就活転職応援サイト 社長のB面


近江神宮 前編 
~日本で初めて時報を鳴らした神様、天智天皇をまつる神社とは~

創建 昭和15年
御祭神 天智てんじ天皇
(天命開別大神あめみことひらかすわけのおおかみ)
御神徳 開運、産業繁栄、文化芸能、交通安全 など

滋賀県大津市にある近江神宮は、日本の基盤をつくった天智天皇をおまつりする神社だ。大化の改新の大業をはたし、石油・学校・法律など新しいものを積極的に取り入れた天智天皇は、日本で初めて時報を鳴らした神様でもある。前編ではその偉業と創建の経緯を探る。

近江神宮の神様、天智天皇ってどんな神様?

大化の改新の大業をはたした天智天皇

近江神宮におまつりされている神様は、第38代天智(てんじ)天皇。中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)と言った方が分かる人もいるかもしれない。大化の改新をはたした、あの中大兄皇子だ。

大化の改新(たいかのかいしん)とは:
天皇中心の政治を理想とした中大兄皇子は、中臣鎌足(なかとみのかまたり)とともに、天皇をしのぐほどの影響力を持っていた蘇我氏を討ち(645年)、政治改革を進めた。長期にわたった政治革命を総称して「大化の改新」と呼ぶ。

滋賀県大津市に鎮座する近江神宮は、日本で初めて時報を鳴らした神様、天智天皇をまつっている

晩年、天皇に即位した天智天皇は、それまで奈良の飛鳥にあった都を滋賀の大津に遷都。近江大津京を築く。その大津京跡地に時を経た昭和15年、創建されたのが近江神宮だ。神名「天命開別大神(あめみことひらかすわけのおおかみ)」として天智天皇をおまつりしている。

大津京の地に神社を建てよう!

大津京の跡地に天智天皇をおまつりしたい

近江神宮が鎮座したのは昭和15年11月7日のこと。神社としての歴史は新しいほうだが、滋賀県民は古くから天智天皇を慕い続け、近江京跡地での神社創建を願ってきた。そして明治の終わりから神社創建運動が高まり、昭和に入ってからついに天皇の許しを賜り創建にいたったのだ。

滋賀県大津市に鎮座する近江神宮は、日本で初めて時報を鳴らした神様、天智天皇をまつっている

日本初!をたくさん残した

積極的に新しいものを取り入れる

なぜ、滋賀の人たちは長く天智天皇を崇敬し続けてきたのか?それは天智天皇が残した功績があまりに大きく多岐に渡るからだろう。たとえば戸籍、学校、法律といった、今では当たり前の制度や先進的な科学技術を初めて取り入れたのが天智天皇。特に日本初の法律とされる「近江令」を制定した功績は大きく、その後、大宝律令~養老律令と発展していった律令制は、長く日本の基盤となっていった。
また、初めて「年号」を使ったのも天智天皇とされ、大化の改新の「大化」が日本初の年号と言われている。
さらに原油(日本書紀には「燃ゆる水」と書かれている)が発見されたのも天智天皇の時代であるため、今でも石油業界からの信仰が篤いそう。参道脇には関連組合から奉納された石玉垣や石燈篭が並んでいる。

滋賀県大津市に鎮座する近江神宮は、石油業界からの信仰が篤い

長く崇敬され続ける別格の天皇

政治や文化を発展させることで、当時大陸からの危機に直面していた日本を整備し強化していった天智天皇。その功績はあまりに大きく、平安の終わり頃まで"特例的"に天智天皇の法要が毎年行われていたという。天智天皇は、多方面にわたって日本の礎を築いた別格な御存在なのだ。

滋賀県大津市に鎮座する近江神宮は、日本で初めて時報を鳴らした神様、天智天皇をまつっている

奥ポイント

天智天皇が初めて鳴らした時報とは

境内にある漏刻・水時計を見てみよう

今や私たちの生活にとって当たり前の概念「時間」。その時間を正確に測り「時報」を鳴らすことに初めて成功したのも天智天皇だ。
境内には、天智天皇が造られたという漏刻(水時計)が再現されている。オメガ社寄贈のものらしい。
初めて近江朝廷で時報が鳴った6月10日に合わせて制定された「時の記念日」には、全国から時計関係者が集まり「漏刻祭」がおこなわれるそう。

滋賀県大津市に鎮座する近江神宮は、日本で初めて時報を鳴らした神様、天智天皇をまつっている

滋賀県大津市に鎮座する近江神宮は、日本で初めて時報を鳴らした神様、天智天皇をまつっている

龍の形をした「古代火時計」も発見。こちらは龍の背中に乗った線香に火を付けて糸が一本燃え尽きるごとに分銅が落ち音が鳴るというもの。6月10日の時の記念日のみ動くようだ。
寄贈したのはロレックス社。日本だけじゃなく世界的に「時計の聖地」として知られているのが近江神宮なのだ!

滋賀県大津市に鎮座する近江神宮は、日本で初めて時報を鳴らした神様、天智天皇をまつっている

さらに境内には「精密日時計」があるなど、時計にまつわる見所がいっぱい。

滋賀県大津市に鎮座する近江神宮は、日本で初めて時報を鳴らした神様、天智天皇をまつっている

そして極めつけは「時計館宝物館」。ここには天智天皇の漏刻から始まる時計の歴史が保管されている。漏刻の模型、貴重な和時計や垂揺球儀、日本最古級の懐中時計のなどが展示されていて、海外にもその名が知られているらしい。

滋賀県大津市に鎮座する近江神宮は、日本で初めて時報を鳴らした神様、天智天皇をまつっている

広い境内の中には「時計眼鏡宝飾専門学校」もある。年に一度、時計職人がその技術を競う大会もここ近江神宮で開催されているそう。

滋賀県大津市に鎮座する近江神宮は、日本で初めて時報を鳴らした神様、天智天皇をまつっている

奥ポイント×2

戦後なぜ近江神宮は勅祭社となったのか

伊勢神宮とその他16社の勅祭社とは

昭和15年に創建された近江神宮は、昭和20年には「勅祭社(ちょくさいしゃ)」となった。
勅祭社とは、天皇のお使い=勅使(ちょくし)がお越しになり、勅使を中心とした祭祀がおこなわれる神社のこと。伊勢神宮は別格として、その他皇室とゆかりの深い16社が勅祭社として選ばれている。

昭和20年12月15日、最後の勅祭社となる

昭和20年といえば終戦の年。敗戦後GHQが出した「神道指令」により神社は国家管理を離れることになった。
近江神宮が勅祭社になったのは神道指令が出された昭和20年12月15日当日のこと。その日を過ぎると、勅祭社になるのは難しいと踏み、ギリギリの追加がなされたのだ。

近江神宮は全国に16社ある勅祭社のうちの一つ。勅使を迎える斎館

勅使を迎える斎館

昭和天皇と近江神宮

勅祭社になったいきさつを見ても近江神宮がいかに大切な神社なのかが分かる。
さらに昭和天皇は敗戦後、近江神宮に使いを送り次のような趣旨の言葉を残された。

"1300年前の天智天皇の時、唐の新羅軍と白村江で戦って大敗した歴史がある。天智天皇は直ちに兵を徹し、国内政治の一新を企てられ、文化の振興、国力の充実を図られた。これを模範として将来に向けて対処したいと強く願う。一同もこの旨を体して大いに発奮努力して欲しい。"

戦後、経済大国として発展を遂げた日本の背景には昭和天皇のこのような決意があったのだ。戦後を生きる私たちの誰一人として無関係ではない神社、それが近江神宮なのだと思う。

滋賀県大津市に鎮座する近江神宮は、日本で初めて時報を鳴らした神様、天智天皇をまつっている

後半では、近江神宮が「かるたの聖地」として知られる理由や、マンガ「ちはやふる」に関連する見所を紹介する。

基本情報

神社名

近江神宮 ~Oumi Jingu~

住所

〒520-0015 滋賀県大津市神宮町1番1号
1-1, Jingucho, Otsu-shi, Shiga, 520-0015, Japan

アクセス

JR「大津京」駅より徒歩16分/京阪電車「近江神宮前」駅より徒歩9分

HP

http://oumijingu.org/

こんな方におすすめ

歴史好き、かるた好き、時計好き、アニメ好き

Facebook

社長のウラ側インタビュー 就活転職応援サイト 社長のB面

  • インスタグラム画像

    5

  • インスタグラム画像

    7

  • インスタグラム画像

    19

  • インスタグラム画像

    1

  • インスタグラム画像

    1

  • インスタグラム画像

    2

  • インスタグラム画像

    1

  • インスタグラム画像

    1

  • インスタグラム画像

    1

  • インスタグラム画像

    4

  • インスタグラム画像

    3

  • インスタグラム画像

    5

  • インスタグラム画像

    3

  • インスタグラム画像

    9

  • インスタグラム画像

    3

  • インスタグラム画像

    2

  • インスタグラム画像

    7

  • インスタグラム画像

    10

  • インスタグラム画像

    3

  • インスタグラム画像

    1

TOPに戻る