神社巡りに新提案!
神社に行くなら奥宮に注目せよ!【前半】

新元号「令和」元年スタートまで残りわずかです。今年は4月27日(土)~5月6日(月)まで、耳を疑うなんと10連休!! いつもより長期の旅行やレジャーの計画を立てている方も多いかもしれません。もちろん、粛々と改元の日をお迎えする、という方もいるでしょう。そしてお仕事だ!という方も。みなさんそれぞれの形で平成に感謝し、あたらしい令和の時代を寿ぐ世紀の10日間をお過ごしくださいね。
今回は、新時代を迎えるにあたって神社巡りにも新しい視点を取り入れませんか?という提案記事です。興味がわいた方、お付き合いくださいね。

新提案「奥宮巡り」とは

どうして奥宮巡りなのか?

さて!前述したとおり今回のコラムは、新しい時代を迎えるにあたって、神社巡りも新しい視点を取り入れてみませんか?という提案をします!

その名も「奥宮巡りをしよう!」

ひねりのないタイトルですみません。
神社をさらに深く知る・見る・感じるために、奥宮巡りしてみませんか?

箱根神社元宮が鎮座する駒ケ岳山頂

箱根神社の奥宮「箱根元宮」

「奥宮」とは・・・
ひとつの神社においていくつかの神殿がある場合に、もっとも奥地にある神殿を「山宮」=「奥宮」「奥社」などと呼ぶ。対して参拝しやすい山の麓などにある神殿は「里宮」「下社」などと言う。
標高が高い山にある奥宮は開山期間にしか参拝することができない場合が多く、一方の里宮は年間を通して祭祀をおこなうことができる。すべての神社に奥宮が存在するわけではない。
例:富士山頂にある「富士山山頂浅間大社奥宮」は7月~9月頃の開山期間にしかお詣りできないが、麓にある「富士山本宮浅間大社」は年間を通して参拝できる。

メディアの名前に「奥宮―OKUMIYA―」を入れたのも、実は筆者が「奥宮巡り」が好きだからです!
奥宮って、その神社の発祥につながることが多いとっても神聖な場所です。普段お詣りしている里宮だけじゃなくて、奥宮の存在を知ることで「もっと神社の奥行きを感じてみませんか?」というような思いを込めて命名しました。

三峯神社奥宮へ続く山道

三峯神社奥宮へ続く山道

ただし、奥宮参拝はけっこうキツイ登山になることもあるので事前の情報収集をお忘れなく!

さて、ではここから編集部が実際に訪れたオススメの「奥宮」を紹介していきます。新しい神社巡りの視点として参考になれば嬉しいです♪
前半では登山しなくても参拝できる、神社発祥に繋がる聖地を紹介します。
※山頂にある奥宮に限らず、その神社の起源に繋がる場所を紹介していきます。

香椎宮 古宮(福岡)

香椎宮は勅祭社!

≪香椎宮 基本情報≫
主神 :仲哀天皇、神功皇后
配祀 :応神天皇、住吉大神
創建 :仲哀天皇9年(西暦200年)

福岡県福岡市東区に鎮座する「香椎宮(かしいぐう)」の凄さを語れる人は、残念ながらそんなに多くはありません。こんなに特別な神社なのに!!香椎宮は、全国に16社しかない勅祭社(ちょくさいしゃ:天皇陛下の使いである勅使が出向いて祭祀が執行される神社のこと)の1社です。九州にある勅祭社は、香椎宮と宇佐神宮の2社のみ!両神社では10年に一度、勅祭が行われています。
なぜそれほど香椎宮が特別なのかは、香椎宮“古宮”を訪れると分かります。

香椎宮古宮は香椎宮発祥の場所

この古宮には、大正時代以前まで仲哀天皇をおまつりされていました。今は本殿で仲哀天皇と神功皇后とが一緒にまつられています。

香椎宮古宮にある仲哀天皇の石碑

香椎宮古宮にある仲哀天皇の石碑

大昔、仲哀天皇は国の内外を平定されるため、神功皇后とともにこの地に橿日宮(かしひのみや)を営まれました。しかしご神託に背いたため、志半ばで崩御されたのです。そこで神功皇后は仲哀天皇の御霊をしずめるため、ここにおまつりしたのです。これが香椎宮の起源になります。
その後、神功皇后が熊襲を平定して、朝鮮にわたり勝利をおさめて、帰ってきてから応神天皇を出産されたというストーリーは皆さんご承知の通りだと思います。

古宮には、仲哀天皇の棺を立てかけた椎の木がなんと今も!あります!!

仲哀天皇の棺が立て掛けられた椎の木

仲哀天皇の棺が立て掛けられた椎の木

近寄ることはできなくなっていますが、伝説によるとこの木に棺を立てかけたところ、良い香りが漂ったことから「香椎(かしい)」という地名ができたそうです。
 
古宮を紐解いてみると、神社の創建や地名の由来まで見えてきました。古宮の場所は、香椎宮境内から道路を挟んだ隣りにあるので行きやすいですよ。ぜひここでも手を合わせてみてください。

香椎宮
〒813-0011 福岡市東区香椎4-16-1

石切劔箭神社 上之社(大阪府)

建国の舞台に建つ神社

≪石切劔箭神社 基本情報≫
御祭神:饒速日尊、可美真手命
創建 :神武天皇紀元2年

大阪府東大阪市に鎮座する石切劔箭神社(通称、石切神社・石切さん)は、地元のみならず全国から信仰をあつめている霊験あらたかな神社です。御祭神は、饒速日尊(にぎはやひのみこと)と可美真手命(うましまでのみこと)の親子神。その御神威があまりに偉大で鋭い力を持っているため、“でんぼ(腫れ物)の神様”とも言われ、出来物や癌などを切り取ってくださると言われています。

石切劔箭神社上之社へ続く階段

石切劔箭神社上之社へ続く階段

そんな石切神社には、上之社(かみのしゃ)と下之社(しものしゃ)があり、上之社が石切神社発祥の地となります。神武天皇2年、出雲平定を命じられた可美真手命が、生まれ育った場所に父の饒速日尊を祀ったことが始まりだそうです。

石切劔箭神社上之社のご社殿

上之社のご社殿

御祭神の饒速日尊と可美真手命は、神武天皇が初代天皇に即位するストーリーの中でも重要な鍵を握る神様です。建国に大きく関わる舞台がここ石切劔箭神社の上之社ということになります。
くわしくは取材記事を ⇒ 石切劔箭神社~偉大な神様の、脅威のご利益~

上之社の場所までは、下之社から歩いて20分程かかります。坂道や階段が多く、まわりに寺院も多いため迷わないように注意が必要です。

石切劔箭神社(石切さん)
〒579-8011 大阪府東大阪市東石切町1丁目1−1

籠神社 奥宮「真名井神社」(京都府)

伊勢神宮のはじまりはここから?

≪籠神社 基本情報≫
御祭神:彦火明命
創建 :養老3年(西暦719年)

京都府宮津市に鎮座する元伊勢籠(この)神社。元伊勢といわれる神社のひとつで、神代の時代にまでさかのぼる貴重な神宝が残されている神社です。そんな籠神社の発祥の地は、本殿より徒歩5分ほど山奥にある奥宮「真名井神社(眞名井神社)」です。彦火明命の子孫が、この真名井神社で「豊受大神」を祀っていたのが籠神社の起源となります。

奥宮「真名井神社」の御社殿

豊受大神と言えば、伊勢神宮外宮の神様で天照大御神のお食事係と言われる神様。では、どうして八百万の神様の中から豊受大神が神宮に祀られることになったのか分かりますか?その秘密が隠されているのがこの籠神社の奥宮、真名井神社なのです。
くわしくは取材記事を ⇒ 籠神社~日本人なら知っておきたい、伊勢神宮のふるさと「元伊勢」とは~

神が宿るとされる磐座(いわくら)

この真名井神社で守られ続けている古代祭祀場は、大昔の自然崇拝の形を残しており、日本人の祖先が何に神様を見出して祈ってきたのかが垣間見られます。ぜひ実際に見て感じてみてください。

元伊勢 籠神社
〒629-2242 京都府宮津市字大垣430

まとめ

神社巡りに新提案!奥宮巡り(前半)でした!
実はまだまだ行きたいのに行けていない奥宮がいっぱい。山の上の神社は登拝できる時期が限られているのでこれからの行楽シーズンに、みなさんもぜひ奥宮まで行ってみてください!今回ご紹介した三社はすべてオールシーズン参拝できますよ。
 
次回!後編では少し難易度を上げてさらなる奥地の奥宮を紹介します。お楽しみに!!

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