優婆夷宝明神社
ubaihoumei jinja

八丈島 ~優婆夷宝明神社と、石が伝える信仰の物語~

神社名 優婆夷宝明神社うばいほうめいじんじゃ
創建 1000年以上前
御神徳 家内安全 など

▼八丈島ってどんなところ?▼
羽田空港から飛行機でわずか55分!到着したらそこは東京から一番近い南国と言われる離島、八丈島だ。ほどよく観光色が強すぎない島内は自然のエネルギーに溢れている。今回はそんな八丈島の総鎮守である優婆夷宝明神社と、島独自の信仰の形について紹介する。

島内に溢れる石たちの存在

ここでしか見られない玉石垣の風景

八丈島の象徴のひとつとなっているのが、島の中心部大里地区などで見られる「玉石垣(たまいしがき)」。丸みを帯びた石が規則的に積み上がっている。この石垣には防風の役割があり、昔流人たちが浜辺からここまで運び上げて積んだという説があるが、正確にはいつ頃誰によって築かれたのかは不明だそう。

八丈島大里地区の玉石垣

大里地区の玉石垣

八丈島では、この「石」がとても重要な役割を持っている。それは雨風をしのぐためだけでなく、信仰においても重要な役割を持っていたようだ。

神社で出会った「イシバ様」

八丈島の神社を訪れると社殿のまわりや裏手に、たくさんの家の形をした石造りの祠が集まっているのを目にする。これは「イシバ様」という屋敷神さまだ。昔は八丈島のほとんどの家が、敷地内でこういった神様をおまつりしていたらしい。家を建てる前にイシバ様をまつって工事の安全を祈ったり、病気治癒の祈願をしたりしていたのだ。イシバ様は家によって“火”の神様(カナヤマサマ)だったり、“水”の神様だったりさまざまで、各家系の守護神をまつる風習がある。

八丈島で多く見かけるイシバ様

八丈島の神社で出会ったイシバ様

各家庭を守ってきたイシバ様がどうして神社に集められているのかは、後ほど解説する。

優婆夷宝明神社の神様とは

八丈島の総鎮守

今回取材させていただいたのは、島で唯一、延喜式神名帳にも名前が載っていた式内社「優婆夷宝明(うばいほうめい)神社」。八丈島・八丈小島・青ヶ島の総鎮守であり、島で唯一の神社庁管轄の神社だ。

八丈島の総鎮守 式内社 優婆夷宝明神社

式内社 優婆夷宝明神社

八丈島の中央部西側、町営バス「大里」バス停近くに鎮座している。

■御祭神
八十八重姫=優婆夷大神(うばいのおおかみ)
古宝丸=宝明神(ほうめいのかみ)
※明治以前は、三島明神をお祀りしていたという説もある。

優婆夷宝明神社の御祭神は、事代主命(ことしろぬしのみこと)の妃である「八十八重姫」と、二神の御子神の「古宝丸」と伝わる。
伝承によると、八丈島を含む伊豆諸島のあたりは事代主命の一族と8人の妃たちによって治められていたらしい。事代主命が亡くなられたあと、8人の妃のうちの一人だった八十八重姫とその子供の古宝丸は八丈島に移り住み、島を繁栄させたと伝わっている。

優婆夷宝明神社のご社殿

優婆夷宝明神社のご社殿

この八十八重姫のことを「優婆夷大神(うばいのおおかみ)」、古宝丸のことを「宝明神(ほうめいのかみ)」と呼ぶ。もともとは「優婆夷命(うはいのみこと)神社」と「許志伎命(こしきのみこと)神社」という二社に分かれて祀られていたが、いつの時代からか一緒に祀られるようになったと言われている。

石造りの御本殿

拝殿の奥には、珍しい石造りの本殿がある。拝殿に比べて小さい造りになっているのは、八丈島では御社殿を立派に設けるという考えがそもそも無いことが理由だ。

優婆夷宝明神社の本殿は石造り

優婆夷宝明神社の本殿は石造り

なぜなら八丈島の祭祀は、もともと石の祠に神様をお迎えしておこなわれていたのが原型だから。石の祠こそが神聖なもので、拝む場所として設けられた拝殿は人が集まるため必然的に大きくなっていったという経緯だ。
三宅島のあたりは立派な社殿があるのに対して八丈島にはないため、種族が違ったことが分かる。

御神木のソテツ

境内で一際目を惹くソテツ(蘇鉄)の木。南国らしい出で立ちで、樹齢は700年~1000年にもなる。高さは5メートル程。町の天然記念物に指定されている。

優婆夷宝明神社のソテツの木

優婆夷宝明神社のソテツの木

奥ポイント

優婆夷宝明神社の摂社・末社がすごい

5つの摂社・末社

優婆夷宝明神社には5つの摂社・末社がある。本宮の前を通る道路上に、右に2社、左に3社が並んで建っている。それぞれ目の前まで行かなければ鳥居が見えてこないので気付かない人がほとんどだ。

優婆夷宝明神社の摂社・末社

優婆夷宝明神社の摂社・末社

どの神社も深い森と石に囲まれており、鳥居を潜るとシーンとした静けさと涼しさに包まれる。それぞれの神社と神様は以下のようになっている。

■摂社・末社
松尾神社 (月読命:つくよみのみこと)
磯神社  (大国主命:おおくにぬしのみこと)
※通称「出雲様」縁結び・人間関係の神様
三島神社 (三島大神:みしまのおおかみ)
戸隠神社 (天手力雄命:あめのたぢからおのみこと)
※八丈小島から遷座してきた
稲荷神社 (倉稲魂命:うかのみたまのみこと)

八丈島にある優婆夷宝明神社の摂社・末社

この中で特に注目したいのは三島神社。八丈島には各地区に一つずつ三島神社があり、島にとって重要な神様であることが分かる。明治以前の神仏習合の時代には、島の総鎮守として三島大神をおまつりし薬師如来を本地とする信仰があったそうだが、廃仏毀釈の影響からか今は公文書として伝わっていない歴史もあるようだ。
※これにはさまざまな説があるので気になる方はぜひ調べてみてください。

神社に集まるイシバ様、ミニ鳥居、玉石の謎

イシバ様が神社に集められた理由とは

イシバ様が神社に集められた理由とは

ここでも目に入るのは、屋敷神であるイシバ様が集まっている光景。
ではどうして、イシバ様は神社に集められるようになったのだろうか?これは明治時代に行われた神社の合祀政策が影響している。なるべく神様を一つの場所に集めるようになったことで、各家庭の屋敷神も神社へ集める風潮が広まったらしい。また、自宅で神様をおまつりし続けられなくなった家庭も増えていったようだ。

しかし、宮司さんによると「なるべく家の中でおまつりし続けた方が良い」とのこと。

奉納された鉄のミニ鳥居

奉納された鉄のミニ鳥居

他にも、小さな鳥居が奉納されている光景をよく目にする。無数の鳥居は、錆びて徐々に土に還っていく途中のようだ。これは、願いが叶った参拝者が島内の鍛冶屋さんに頼んでミニ鳥居を作ってもらい、お礼に奉納したもの。島では御礼にこの鳥居を奉納する風習が、いつの頃からかあったらしい。しかし、これも今は鍛冶屋さんがなくなってしまったため、新たに奉納することはできないそう。

玉石を奉納するのはなぜか

玉石を奉納するのはなぜか

最後に、積み上げられた玉石にも触れておこう。これは参拝者が「自分の身代わりに」と奉納したもの。海で浄化された丸い石を海岸から拾ってきて神様に奉納するのだ。海岸に行って最初に目に付いた石を、迷わず拾ってくることが大切だと伝わっている。

奥ポイント×2

伝説の巫女・舎人

八丈島・青ヶ島に伝わる巫女の家系

八丈島では大昔から、「巫女」や「舎人(シャニン)」と呼ばれる人々を中心とする祭祀が行われていた。

八丈島の巫女舎人はそれぞれ「オボシナサマ」という自身の神さまとつながっていて、舞ったり太鼓を叩いたりすることで神さまや死者の声を降ろすことができる。いわゆるシャーマンのような存在だ。彼らは女性に限らず男性もいた。同じ家系から巫女気をもつ者が出ることが多く、1970年代までは存在していたそうだが今は途絶え、舞い方や歌を正確に伝えられる人はいない。

八丈島や青ヶ島では、遠い昔から巫女や舎人を中心とした“自然の神さま”を畏れ敬いお祀りする風習があった。今は社殿をかまえている神社もそこでは大昔、石の祠に向けて祈る古代祭祀が行われていたのかもしれない。

八丈島は流人の島、おなごの島

流人が多く暮らした島

八丈島といえば「流人の島」というイメージを持つ方もいるかもしれない。八丈島には、流刑者たちが度々流されてきた歴史がある。八丈島の流人第一号は、宇喜多秀家(うきたひでいえ)。戦国時代、豊臣秀吉に可愛がられ養女の豪姫を嫁にもらった秀家は、27歳の若さで五大老に抜擢されたエリートだったが関ヶ原の戦いで敗れ島流しに。現在八丈島には、宇喜多秀家と本土に残された豪姫とが並んで海を眺めている石碑がある。
 
また秀家以前の平安時代、伊豆大島へ流された源為朝(みなもとのためとも)が八丈島に上陸し、八丈小島で自害したという伝説も残っている。八丈小島(昭和44年に集団離島が行われ現在は無人島)にはそんな為朝をおまつりした為朝神社の址が残っている。

八丈小島で自害したと伝わる源為朝の神社

八丈小島で自害したと伝わる源為朝の神社

八丈島は別名「女護ヶ島」

八丈島はしばしば「女護ヶ島(にょごがしま)」と言われることがある。これは昔々、男女が一緒に住むと海神さまの祟りにあうという言い伝えがあったため、女性は八丈島に、男性は青ヶ島に分かれて住んでいたからだ。(青ヶ島は「男ヶ島」と呼ばれていた)
しかし流人源為朝が、八丈島で結婚し子供を産んでも祟りが起きなかったため、これ以降改められたという。

この時代背景もあってか、八丈島は女性にとって良いパワーを秘めた島だと言う人もいる。最近女子旅の旅行客が増えているのも、この島の女性性に引き寄せられているのかもしれない。きっと八丈島は「おなごの味方の島」なのだ。

八丈島の神社巡り

最後に、優婆夷宝明神社のほかに編集部が回った神社を紹介!

八幡宮

八丈島の神社

八丈島の山々と鳥居

島内の三根地区にある八幡宮。
ここにもイシバ様がたくさん集まっている。神社の正面には八丈富士があり、赤い鳥居とのコラボレーションを撮ることができる。
 

三島神社

八丈島の三島神社

八丈島の石が集まった祭祀場

「樫立温泉前」バス停近くにある三島神社。
鳥居の両脇に立つ尖った石は、狛犬のような役割を果たしていると考えられる。社殿の左奥には石で囲まれた祈りの空間が広がる。明らかに外と空気感が違う祭祀場は必見だ!
 

為朝神社石宮

為朝神社石宮

島の南側、裏見ヶ滝(うらみがたき)へ続く山道の途中突如現れる石の階段。この上には為朝神社石宮(ためともじんじゃいしみや)がある。

為朝神社石宮

流人だった石工仙次郎が造った神社と伝わっており、良縁祈願をする人が多い神社だ。
階段はかなり急なので手を使ってよじ登るように上がっていく。帰りは後ろ向きに降りるのがおすすめ。

島には他にも大小さまざまな神社が隠れているので、島民の方におすすめ神社を聞いてみるのも良いかもしれない。
 

おわりに

今回は、東京都にある離島「八丈島」の神社を巡ってみた。島内のどの神社にも共通しているのは「石」があるということ。島にとって四方を囲む海は特別な神様で、そこで浄化された玉石は特に神聖な存在のようだ。島の信仰と深く長い繋がりを保ってきた石の声を聞きに、ぜひ八丈島を訪れてみてほしい。

基本情報

神社名

優婆夷宝明神社 ~Ubaihoumei Jinja~

住所

〒100-1401 東京都八丈島八丈町大賀郷660-1
660-1,Okago, Hachijojima Hachijo Machi, Tokyo To, 100-1401, Japan

アクセス

八丈町営バス「大里」下車 徒歩約2分

HP(東京都神社庁)

http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/tosho/3142/

こんな方におすすめ

知る人ぞ知る神社、女子旅、神秘的

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