田無神社 龍神様
tanashi jinja 龍神様

田無神社 前編
~ようこそ、歴史ある開かれた神社へ~

創建 鎌倉時代
御祭神 大国主命おおくにぬしのみこと
級津彦命しなつひこのみこと
級戸辺命しなとべのみこと その他
御神徳 五龍神方位除、雨乞い
厄祓、縁結び など

田無神社は西東京市に鎮座する神社だ。本殿の歴史的彫刻から見えてくる田無神社の軌跡や、「開かれた神社」として神社をより身近に感じる工夫にあふれた境内を巡る。前編では貴重な嶋村俊表が手掛けた本殿や、田無神社の歴史について掘り下げる。

始まりは雨風の神様

尉殿大権現(じょうどのだいごんげん)とは

田無神社の始まりは、今から約1000年前の鎌倉時代のこと。現所在地より北に位置する谷戸(やと)という地域で「尉殿大権現」という神様をお祀りしたのが発祥だ。
尉殿大権現は雨風の神様で「級津彦命(シナツヒコノミコト)」「級戸辺命(シナトベノミコト)」という神様のことである。この二柱は夫婦神だと考えられている。

田無神社の御社殿と御神木

場所をうつし1000年の時を刻む田無神社

尉殿大権現(じょうどのだいごんげん)は、すべての命の源である水と、災いを祓(はら)う力がある風、つまり豊穣と除災の神様として信仰されてきた。田無神社では、その姿が金の龍となって御本殿に祀られているそう。

水が豊かな土地から、水に恵まれない土地へ

田無神社の前身「尉殿大権現」が祀られていた谷戸は、水の豊かな地域だった。
しかし時代が進み江戸幕府が開かれると、この地の人々は幕府の政策に従い、水に恵まれない青梅街道沿いに移り住み宿場町を形成することとなった。

田無神社の歴史をまとめた表

分祀(ぶんし):同じ祭神を別の地にも祀ること
遷座(せんざ):神社そのものを別の地にうつすこと

移り住んだ人々は生活用水に困り、谷戸まで水を汲みに行く生活を余儀なくされた。
そこで人々は雨風の神様である、谷戸の尉殿大権現を分祀(ぶんし)して、最終的に谷戸から田無の地に遷座したのだ。この時うつってきた御社殿は、今でも境内に野分初稲荷(やぶそめいなり)として残っている。

野分初稲荷 田無神社の摂社・末社

野分初稲荷 (左)

時代は進み明治5年、地域のさまざまな神様を合祀(ごうし、合わせて祀ること)した時に、大国主命(オオクニヌシノミコト)を主祭神とすることとし、社名を「田無神社」に改め今に至る。

奥ポイント

彫物大工の名家、嶋村家が手掛けた本殿

「尉殿大権現(じょうどのだいごんげん)」が鎮まるとされる本殿は、江戸でもっとも有力な彫物大工御三家のひとつ、嶋村家の8代、嶋村俊表(しまむら しゅんぴょう)が手掛けたもの。嶋村俊表はここの他にも、成田山新勝寺釈迦堂(国重要文化財)などを手掛けた名工だ。田無神社の本殿は総ケヤキ造りで、保存状態もかなり良い。宮司でも例大祭の時にしか中に入れないという。(東京都指定重要文化財になったのを機に、酉の日のみ公開される。)
普段は見られない貴重な本殿の写真がこちら

田無神社の本殿 (東京都指定文化財)

田無神社の本殿 (東京都指定文化財)

俊表が作り上げた本殿は、中国に昔から伝わる道徳「二十四孝(にじゅうしこう)」の物語が彫られている。正面にあるのは、病気の母においしい水と魚を与えるため、いつも長い距離を歩いて仕えた姜詩(きょうし)の物語。
これは、生活用水に困り田無から遠くまで水を汲みに行っていた先祖たちへの労いを込めて描かれたそう。

姜詩の物語を彫ることで先祖たちへの労いを表現している田無神社の本殿

姜詩の物語を彫ることで先祖たちへの労いを表現している

息を飲むほど細かい彫刻の細部がある田無神社の本殿

息を飲むほど細かい彫刻の細部

奥ポイント×2

開かれた神社としての取り組み

田無神社の境内に入ると「開かれた神社」の文字が目に入る。はたして、開かれた神社とはどういう意味なのだろうか。

開かれた神社「田無神社」の鳥居

開かれた神社

田無神社では地域社会との絆を深める様々なイベントを開催している。例えば茶道・書道教室を行ったり、わんぱく相撲大会や絵馬デザインコンテストを開催したり。人気戦隊ヒーローとコラボレーションした絵馬がお目見えしたことも。さらには地元ラジオ局で月に一回「田無神社ラジオ」を放送しているのだ。

さまざまな形で地域の人々が集まる場を作り出すことで、憩いの場、人と人とが繋がる場を生み出す…それが田無神社がテーマとしている「開かれた神社」なのだ。

老若男女が訪れる田無神社
老若男女が訪れる

子供から大人まで参加できるイベントを多数開催している田無神社
子供から大人まで参加できるイベントを多数開催

存在感のある摂社・末社

境内にある摂社(せっしゃ、御祭神と特に縁が深い神様を祀る神社)、末社(まっしゃ、その他の神様を祀る神社)を見てみよう。
疫病除け、子供の守護、農神・家畜の守護に御利益があるとされる「津島神社」。近くには木彫りの親子犬「子育て犬」があるので探してみてほしい。

田無神社の境内にある津島神社
津島神社

子育て犬 田無神社の摂社・末社
子育て犬

その他にも、病気平癒、身体安全の神様「少彦名社」。
語学・技芸の上達、財運向上の御利益があるとされる「弁天社」もある。こちらの弁才天は津島神社の御祭神スサノオの妃、スセリ姫を祀る特殊な信仰なのだそう。

少彦名社 田無神社の摂社・末社
少彦名社

弁天様 田無神社の摂社・末社
弁天様

家内安全、病気平癒、身体安全、家畜守護を願うなら「恵比寿・大黒様」をお詣りしよう。大黒さんが持っているとされる打ち出の小槌で、恵比寿さんが持っている鯛を打つことができる。
子孫繁栄、縁結びなどを祈るために村の守り神として祀られる「道祖神」の姿も。田無神社の道祖神は、良縁結びの神様として信仰されている。

恵比寿・大国様 田無神社の摂社・末社
恵比寿・大国様

田無神社の道祖神 摂社・末社
道祖神

長い歴史の中で変遷を繰り返しながらも、地域の人々の生活に密着した神社を守り続けている田無神社。後編では、さらに境内の見所に迫る。

基本情報

神社名

田無神社 ~Tanashi Jinja~

住所

〒188-0011 東京都西東京市田無町3-7-4 
3-7-4, Tanashicho, Nishitokyo-shi, Tokyo, 188-0011, Japan

アクセス

西武新宿線「田無駅」北口より徒歩6分

HP

http://tanashijinja.or.jp/index.php

こんな方におすすめ

龍好き、一人旅、女子旅、御朱印好き、おみくじ好き

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