賀茂神社
kamo jinja

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賀茂神社 前編 
~日本の危機を救うため選ばれた聖地~

創建 天平8年(西暦736年)
御祭神 賀茂建角身命かもたけつのみのみこと
賀茂玉依比賣命かもたまよりひめのみこと
賀茂別雷命かもわけいかづちのみこと
火雷命ほのいかづちのみこと
御神徳 方位除・厄除・縁結び・馬守護・交通安全 その他

滋賀県琵琶湖の近くにある賀茂神社は、日本中の「気」が集まる中心地と言われる神社。陰陽道の技によって創建され、古からずっと日本を守ってきた。自然を慈しみ、縄文人の精神を今に伝える境内は、自分自身と向き合うのにピッタリな場所だ。また馬との関係も深く、競馬の聖地として注目を集めている。はたしてその理由は?奥深い賀茂神社の歴史と今に迫る。

神社創建の驚くべき経緯

陰陽道の祖、吉備真備が選んだ聖地

賀茂神社が創建されたのは今から約1300年前の奈良時代のこと。当時の聖武(しょうむ)天皇の時代、日本は度重なる天変地異により危機的な状態にあったそう。荒廃した日本に心を痛めた聖武天皇は、当時、唐(中国)で陰陽道を学んで帰ってきていた吉備真備(きびのまきび)に、日本の災いを封じ、国民の安寧を願うためにふさわしい場所を探させた。

滋賀県近江八幡市に鎮座する賀茂神社の鳥居

滋賀県近江八幡市に鎮座する賀茂神社

神社創建の地を探した吉備真備はこの地を訪れた際、森羅万象の「気」が集まる「日本の聖域」だと悟り賀茂神社創建を決めたのだそう。

社殿の向きと陰陽道の関係

陰陽道によって創建された賀茂神社の御社殿

賀茂神社の御社殿

陰陽道によって建てられた賀茂神社の境内は、陰陽道の技が尽くされている。たとえば一般的に神社の御本殿は、より太陽と向き合える南向きか東向きだが、賀茂神社の場合、南西(裏鬼門)を向いて建っている。裏鬼門からやってくる災厄を封じ日本を守っているのだ。
毎年11月半ば~2月半ばにかけては、この鳥居のもとに太陽が沈んでいくそう。全国でも珍しい光景らしい。

11月半ば~2月半ばにかけて太陽が沈む鳥居(賀茂神社 提供)

11月半ば~2月半ばにかけて太陽が沈む鳥居(賀茂神社 提供)

賀茂神社の御祭神

そんな賀茂神社は、「賀茂大神様」という高貴な神様をお祀りしている。

賀茂大神様を祀る賀茂神社の御本殿

賀茂大神様を祀る賀茂神社の御本殿

賀茂大神様とは四柱の神様の総称。
●賀茂建角身命(かもたけつのみのみこと) = 八咫烏(やたがらす)のこと、導きの神様
●賀茂玉依比賣命(かもたまよりひめのみこと) = 賀茂建角身命の娘神、安産の神様
●賀茂別雷命(かもわけいかづちのみこと) = 賀茂玉依比賣命の御子神、雷を司る農業の神様
●火雷命(ほのいかづちのみこと) = 一説によると賀茂別雷命の父である大山咋神(おほやまくいのかみ)のこと、火を司る神様

賀茂神社の御祭神 賀茂大神様

賀茂建角身命は、日本サッカー協会のシンボルマークとしても知られる八咫烏(やたがらす)のこと。八咫烏は初代神武天皇の道案内をされた神様で非常に高貴な存在なのだ。
他の三柱をめぐっては、ある不思議な話が言い伝えられている。

玉依比賣命が川遊びをしていたある日、川上から赤い矢が流れてきて、玉依比賣命の陰部に突き刺さったそう!その矢を持ち帰り、寝床に差し置いていたところ玉依比賣命は妊娠され、別雷命をお生みになったのだ。非常に喜んだ玉依比賣命だったが、生まれた男神様の父親が誰なのかは分からなかった。
大きくなった別雷命に、建角身命が「お前の父と思う方に酒を飲ませなさい。」と尋ねると、別雷命は天に杯を向けて礼拝し、天に昇って行ってしまった。
これでようやく、別雷命の父親は、比叡の山におられる大山咋神(おほやまくいのかみ)であることが分かったのだ。一説には火を司る火雷神(ほのいかづちのかみ)とも言われている。

そんな神の霊力によって結ばれた四柱が、賀茂大神様なのだ。

賀茂大神様をまつる賀茂神社の御本殿

奥ポイント簡単には近寄れない?聖域の中心

賀茂神社を創建した吉備真備は、「天からの光が降り注ぎ大地のエネルギーが集まっている」この場所を、日本の聖域として神社を建てた。ではそのエネルギーはどこに集まっているのだろう?
それが御本殿の奥にある「祭祀跡」だ。ほとんど手を加えられていない自然が残されており、縄文時代と変わらない姿を伝えている。ここは古来から、人々が祈りを捧げてきた場所なのだ。

日本の気が集まる聖域とされた賀茂神社の祭祀跡、祈りの斎庭(ゆにわ)

祭祀跡 祈りの斎庭(ゆにわ)

結界が張られた“日本の聖域”に、特別に入らせていただいた。
中にはこんもりとした山が二つあり、陰陽を表しているのだそう。そして中心には草がまったく生えない不思議な場所がある。編集部が訪れた時は、ちょうどその場所に太陽の陽射しが当たり黄金の輝きを見せていた。確かにここには「気」が集まっているのかもしれない。

賀茂神社の祭祀跡の中心には決して草が生えない

中心には決して草が生えない

祭祀跡「祈りの斎庭」というこの聖域は、社務所で尋ねれば誰でも立ち入ることができる。ここを訪れる際は少人数がオススメ。じっくりと自然を感じ、古来から伝わる気を味わってほしい。

賀茂神社の祈りの斎庭では、自然の摂理を伝える切り株にも出会える

自然の摂理を伝える切り株にも出会える

奥ポイント×2競馬の聖地!日本初の国営牧場

天皇が作られた牧場

賀茂神社は「競馬の聖地」とも言われている。それは元々この場所に、日本初の国営牧場があったから。今から約1350年前、馬の大切さを推進した天智(てんぢ)天皇は立地的に適したこの地に牧場を築き、馬の調教や繁殖に力を注がれたという。
今でも賀茂神社にとって馬は特別な存在で、毎年5月の大祭「賀茂祭」では貴重な神事、古式競馬「足伏走馬(あしふせそうめ)」が執り行われている。

賀茂祭「足伏走馬行事」(賀茂神社 提供)

賀茂祭「足伏走馬行事」(賀茂神社 提供)

足伏走馬は平安時代から行われてきた伝統神事。長さ約400メートルの直線馬場を駆けていく人馬の姿は物凄い迫力で、県外からも多くの見物客が集まるそう。
 
現在は賀茂神社境内で馬を育ててはいないが、近くに「御猟野乃杜牧場」という乗馬クラブがあり、貴重な在来種の馬を保護する活動が行われているそう。賀茂神社のあたり一帯が「日本人と馬」の結び付きを今に伝える貴重な場所になっているのだ。

賀茂神社の神馬像、賀茂神社は競馬の聖地として知られている

賀茂神社の神馬像

前編では賀茂神社の歴史と、その存在の重要性を掘り下げた。
後編では境内のいたるところから感じられる「縄文人の心」を探ってみた。

基本情報

神社名

賀茂神社 ~Kamo Jinja~

住所

〒523-0058 滋賀県近江八幡市加茂町1691番地
1691 Kamocho, Omihachiman-shi, Shiga-ken 523-0085 Japan

アクセス

JR近江八幡駅から近江バス「篠原駅行き」に乗車、「加茂東」バス停下車 徒歩5分

HP

http://kamo-jinjya.or.jp/

こんな方におすすめ

神話好き、自然好き、御神木好き、一人旅

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